昨日でセンター試験は終わった。毎年そうなのだが、センター試験で数学や理科を受験する人は3,4割以下に減少する。世の中、文系人間が多いのだろう。大雑把に言うと、数学のできる人を理数系、国語系の得意な人を文系と言うだろう。中間の一般的呼称はない。組み合わせ的には、両方できると、両方できないもある。両方をできる人は、どうぞご勝手に宣言を(笑)ということで、今や両方できない私は文系と分類されるだろう。

本来なら関心の対象が、自然界か人間・社会系かの違いだと思う。私は自身の関心から文科系的と思っているが、遠い昔に学んだ学生時代は理工系学部だから理科系と思われてしまう。今日にセンター試験の理科や数学を試みたとしても、恐らく0点になるだろう。自然現象にはほとんど興味はなく、関心の対象は、社会やヒトである。しかし、客観的にものを見る、それも数値をしばしば伴う理屈っぽいスタイル好みなので、研究的側面では理科系だねと言われる。

実際は、私は会社員であった30才頃に文系仕事へ転向をしたという意識がある。短期計画はあまり興味はなく、長期計画に関係したいと思っていて、そういう部署に移動したいと願っていた。入社してからその頃迄はコツコツと積み上げ形にするエンジニア系の職だった。念願の職だった製品企画のプランナーになったときは、ペーパーワークの憧れがかなったことと、もう作らないで良いのだ! という安堵感で、とても嬉しかった。でも、実力が伴っていなくて、忸怩たる思いをずっとしていたことは懐かしい思い出だ。

必ずしも脚光を浴びる必要はないのだが、ともかく計画通りにものごとが進むと嬉しい。しかし、この手のことはそうは問屋が下ろさないことも多い。戦略がまずいと計画は進まないし、その戦略においては、優秀な頭脳を持ったより適した人がいる。ステータスもお給料も高い彼等をもプロジェクトに巻き込むのは青写真を伴った企画だ。「企て」の入る計画なので企画だ。その職を英語で言うとプランナーだが、若干ニュアンスが異なっているかもしれない。どんな時でも他者のせいにはできず、自らの「企画」が甘かったと反省し、次なる企画に備える。エコプランナーの名称は外したし、今の直接の仕事は教師で自ら実行もする立場だが、今でもプランナーであることにアイデンティティがある。少しでも新しいより良いことを計画し、社会を変革する「黒子役」でいたいと思っている。

 

*** ケーブルカーも、来るべきタイミングをみて方向転換

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photo by John Kannenberg